七ヶ宿へー3
26 Jul 2011 08:29:39 pm
1時30分から「山田音羽子」についての父の講演が始まりました。
中央は音羽子ご本人の写真です 。
山形や、福島からもたくさんの方が講演を聞きに来てい下さいました。
みなさん、事前に勉強されていて
熱心にメモを取りながら聞いておられました。
しかし、私は眠くて眠くて・・・・・
何しろ会場は暗く、父ももう80才ですし、話の内容もだいたい知っているし・・・
半分も聞いていなかったように思います・・・。
すみませんです・・・・
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七ヶ宿へー2
26 Jul 2011 09:37:38 am
これが「お国替え道中絵巻」です。
このままだと文章が読めませんが、
一人の女性が、子や孫に伝えようと書いた物なので
現代語訳にすると、色々と日常生活が分かり面白いです。
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七ヶ宿へー1
25 Jul 2011 11:35:45 am
行ってきました七ヶ宿
宮城県でも内陸なので震災の影響はありませんでした。
美しい自然に囲まれた七ヶ宿町
「水と歴史の館」にて
「山田音羽子とお国替え絵巻展」初日です。
足利を6:30出発で
七ヶ宿に10時ごろ到着です。
町長さんだの教育長さんだのにおいでいただき
展示の初日の挨拶と、テープカットのあと
展示物を観覧しました。
こんなにきれいに展示していただきありがたく思います。
音羽子さんも、自分が亡くなった後160年もたって
自分の絵と文章がこんな風に展示されるなんて思ってもみなかった事でしょう・・・。
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山田音羽子をめぐる旅ー4
17 Jul 2011 08:57:50 am
音羽子はユーモアのセンスも持ち合わせていました。
山形の家を出る時に、家の貧乏神に
「お別れの形見にこの家をあげますから末永く住んで下さい」
と挨拶した所、貧乏神が
「館林の家にも、私の親族が居るから」と返した、と書かれています。
どうやらその貧乏神さんは
未だに我が家にいるようです・・・・
絵を愛し詩を愛し、動物が好きでユーモアのある音羽子は
多分現代を生きていたとしても、とても魅力的な女性だった事でしょう。
しかし、江戸時代、ガスも水道も電子レンジも無い時代
9人もの子供を生み育て、過酷な道中のさなか
絵を残すような事はとても私にはまねできません。
この道中記は音羽子52歳の時の物だそうです 。
最後に色彩し掛け軸になっている絵を紹介します。
この絵は我が家ではなく、山形のある家で所蔵されています。
多分山形を離れる時に知り合いに形見に贈った絵なのでしょうね。
季節は冬・・・雪が降っているのに足袋をはいていません・・・・。
江戸時代の過酷な生活が垣間見えます・・・・ ・・・・
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山田音羽子をめぐる旅ー3
16 Jul 2011 01:20:58 pm
写真の無い江戸時代の普通の人々の暮らしを
女性の視点から描いた絵巻・・と言う事で
女性史研究家の方や、女性の歴史研究家の方が
よくたずねて来られます。
ネットで「山田音羽子」を検索すると
色々なサイトで少しですがと取り上げられていますし、
女性史研究の書籍などにも登場します。
特に、女性の歴史家の方々の共感を呼ぶのが
この「愛犬との涙の別れ」の場面です。
山形で飼っていた犬を連れてゆく事が出来ず、(注*1)
地元の農家に託すのですが、
「下駄をいたずらしたり、盗みをしないように」と犬に言い聞かせたと書いてあります。
また、道中の途中で野犬狩りに出会い
心を痛めたとも書かれています。

(喜太夫は旦那さんの名前です)
(注*1)
群馬県館林にある「館林城」は別名「尾引城」とも呼ばれています。
城を作る折狐が現れ、尾の先に墨を付けて城の図面を引いたと言う謂れがあります。
そのため、狐を大切にし、狐の嫌う犬は城下に入れることが出来なかったそうです。
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